「自分」が書いたものは、誰かのコピーをシュレッダーにかけたものをかきあつめた断片みたいなものだから、もとはといえば他人のものなのだ。どれひとつとして、自分自身の言葉なんてものはない。過去の自分がとりあえず纏めあげたものは、頭に残っていて、検索しやすい。所詮過去の自分なんてのは他人で、しかも死んだ人間だから、好きなようにできる。特別な意味なんてないのだ。
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