「無闇に安心している」ということを自分は嫌っている。何らかの受動的な幸せに甘んじているのもこれに入るんだろう。それもいいと思いつつ、直感的にはだめだと感じてしまう。そういった幸せはいつまでも続かないという気持ちから、一部それはきている。あるいは無能なやつや努力していないやつが幸せになるのは、他人でも自分でも許せないというような根本的に心が狭い考えがあってそう感じるのかもしれない。他人に対して表向き寛容であろうとしても、心の奥では不寛容な気持ちがいっぱいあるのだ。(好みでない)他人が幸せになろうが別にどうでもいいというのも本心の一つではあるのに……
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